統合失調症という病気になって、生きる意味がわからなくなった方へ。

病気になり生きる意味を見失った。それでも生きる理由が知りたい。

 

統合失調症になり、生きてるだけでも辛い毎日だ。

 

治療法は、薬を飲むしかない。

 

リハビリテーションなどもあるが、症状が改善されるかはわからない。

 

原因は不明。

 

家族は、「障害者である我が子」をどこか受け入れられないように思える。

 

いつからか、自分に自信がなくなった。

 

学校、仕事、居場所、どれも失ってしまった。

 

これから頑張るという気持ちになれない。

 

再起できる自信がない。」

 

「病気になって生きる意味がわからない。」

 

「統合失調症になって、5年が経つという筆者はこの病気をどうやって受け入れることができた?」

 

「病気になって、生きる意味を見いだせない。筆者はそれでもなぜ生きるの?理由が知りたい。」

 

これらの声に応えます。

 

筆者は、統合失調症になって5年が経つ。

 

途中、生きている意味がわからずベッドでパソコンの画面を眺める日々もあった。

 

その後、就労移行支援事業所という福祉サービスに2年間通い、障害者雇用パート枠で就職を達成した。

 

しかし、コロナが到来し、人々の余裕がなくなっていく中で、不穏な毎日に耐えきれず自殺未遂。

 

生きたいという動機から一命を取り止め、現在はカウンセリングを受けながら、生き方を模索中。

 

✔︎本記事の内容

  1. 病気になり生きる意味を見失った筆者が、それでも生きる理由
  2. この病気をどうやって受け入れることができたか?

  

それでは、早速記事の内容に入っていきたいと思います。

 

目次

1.自分をこれまで支えてきてくれた人の存在

ここでのポイントは3つです。

  1. 自分をこれまで支えてきてくれた人の存在
  2. 病気になって人生を諦めたくないという意地
  3. 人生はいつからでもやり直せる、という未来への期待

 

それぞれ、解説していきます。

 

自分をこれまで支えてきてくれた人の存在

 

やはり、母の存在が大きいです。

 

母は、僕が入院した時、急な入院にも関わらず、精一杯対応してくれました。

 

閉鎖病棟で生活を送る際、色々な持ち物が必要です。

 

お風呂にも自由に入れるわけではなく、時間が決まっていたりします。

 

入浴用のシャンプーやリンス、ボディーソープなど、母は用意してくれました。

 

入院時には、持ち込んだ本を読むか、同じ病棟の人と談笑するか、お菓子を食べるかくらいしか楽しみがありません。

 

(レクリエーションなどありますが、病棟によって様々です)

 

その分余計なストレスがかからず、脳を休めることができるんですけどね。

 

お菓子などはすぐなくなるので、買い足さなければなりません。

 

その時には、お小遣いが必要になります。

 

そういったお小遣いも、母から受け取りました。

 

そして母は、明らかに妄想に支配されていた僕を、

 

何回も家から病院まで行きと帰り送り届けてくれました。

 

自宅への外泊許可が出るやいなや、真っ先に家に帰っていました。

 

その時の妄想にとりつかれた僕は、ネット依存のような状態でした。

 

Twitterで意味不明な文章を書いたり、

 

他人が見ても意味がわからないような画像をペイント(Windowsのツールです)で描いて投稿したりしていました。

 

自制ができなかったです。

 

そんな、入院中にも関わらず明らかに廃人とかした僕を母は見捨てないでくれました。

 

懸命に「もう時間だから(入院先の病院に車で)行くよ!」と諭してくれました。

 

かれこれ3度入院しましたが、母の献身的な支えがなかったら、

 

僕の症状は今ブログを書けるまでにはならなかったはずです。

 

母には本当に感謝しています。

 

家族同士でぶつかることもありますが、僕はあの時の優しかった母を忘れません。

 

病気になって人生を諦めたくないという意地

 

病気になったからといって、人生を諦めたくありません。

 

人生100年時代と言われる現在、

 

いくら統合失調症は長く生きることができるという言説を聞かなくても、

 

自分が納得できる年齢までは生きたいと思っています。

 

年齢で言ったら65歳ぐらいでしょうか。

 

この年齢ぐらいを最低限僕は生きたいです。

人生はいつからでもやり直せる、という未来への期待

 

人生はいつからでもやり直せます。

 

人生死ぬまで何が起こるかわかりません。

 

僕は高校を中退、大学まで中退していますが、

 

まだ人生に希望があると思っています。

 

統合失調症になっても、死ぬまでに10年以上はあるのだし、

 

その中で人生が上向きになるだろうとある程度の楽観思考でいられています。

 

ただ、なんの行動もせず、家で閉じこもっているだけでは人生は変わらないはずです。

 

なので、自分が考え抜いた末の行動、

 

または、「思い立ったが吉日」ということわざを大事にする。

 

そして、自分の気持ちが思い描くことを、ゆっくりでいいので着実に実行していくことが大事なのかなと思う今日この頃です。

 

2.この病気をどうやって受け入れることができたか?

ここにも、ポイントは3つあります。

  1. 薬を飲み続けたことによって、確かに症状は治った事実を受け入れた
  2. 障害年金を受給し、消費者として社会生活を送れる喜びを取り戻した
  3. 絶望に次ぐ絶望。暗闇に目を慣らすことができた

それぞれ、解説していきますね。

薬を飲み続けたことによって、確かに症状は治った事実を受け入れた

統合失調症は、薬を飲み続けなければなりません。

 

日常は再発と隣り合わせです。

 

これは相当辛いことです。

  

毎日薬を飲むことは、想像以上の忍耐が必要です。

  

なぜなら、この薬による副作用で苦しんでいるという面もあるからです。

 

しかし、毎日薬を飲み続けていると、流石に慣れてきます。

 

この薬を飲まなくなったら、あの頃と同じように狂ってしまう…。

 

それほど怖いことはありません。

 

あの頃が招いた最悪の出来事から来る後悔を二度としたくない。

 

なので、恐怖感も伴って薬を飲んでいます。

 

しかし、薬は恐怖だけを生みません。

 

安心感ももたらします。

 

いざというときの、お守りみたいなものです。

 

自分は統合失調症という脳の機能が損なわれる病気になってしまった、これは事実です。

 

この事実から、目を背けず、日々服薬し、病気になる前よりももっと素晴らしいと思える日常を取り戻していく。

 

この服薬という日々の行動には、その覚悟が表れているのかなと実感していくのです。

 

障害年金を受給し、消費者として社会生活を送れる喜びを取り戻した

 

 僕は障害年金を受給しています。

 

障害の代償に受け取りました。

 

受給する前は、祖母からお金をもらったり、

 

親方のバイトを手伝わせてもらったり、お金を工面していました。

 

しかし、病気を患っていて、体力がない状態の自分で稼ぐことができる額には限界がありました。

 

稼げたとしても5万円が限度でした。

 

それから、母が障害年金を申請してくれました。

 

そして、100万円ほどの額のお金を国から受け取ることができました。

 

このお金は、大学中退後、払わなければいけなかった奨学金の返済に使い、全てなくなりました。

 

しかし、それから、一定額の金額が僕の銀行口座に振り込まれるようになりました。

 

生きているだけでお金がもらえるということです。

 

大変有難いですが、同時に無力感もあります。

 

社会のお世話になっている、という罪悪感です。

 

お金を稼いだ方々の税金で生きている。

 

サラリーマンの方々とすれ違うときなど、胸が苦しくなります。

 

(以前に会社員を辞めたのも影響していると思います。)

 

しかし、お金をいただくようになってから、自分が働いて稼いだお金ではないのに、

 

自分に少し自信がつくようになりました。

 

社会で生きていける、という自信です。

 

今は生かされる立場にあるけれど、このお金を自分のために活かして、

 

いずれは僕も社会に貢献できるようになりたい。

 

家族のためにお金を使えるようになりたい。

 

善なる動機を生んでくれるのが、僕にとっての障害年金です。

 

絶望に次ぐ絶望。暗闇に目を慣らすことができた

 

今思い返せば、数々の絶望に直面してきました。

 

正直、嫌なことありすぎて病気に慣れました笑。

 

過去の記事の僕の過ちだったり、体験した出来事を書いていますが、全て僕のせいです。

 

僕じゃない部分もあるのかもしれませんが、僕は逃げてきました。

 

自分のしてきたことと引き換えに、病気になった、と自分としては納得して生きています。

 

僕の行動によって被害に遭われた方々の人生は背負えません。

 

しかし、生きていく中でいつか謝ることができる日が来たときのために、人として誠実でありたいと思っています。

 

謝ると書きましたが、二度と関わるつもりはありません。

 

本当に申し訳御座いませんでした。

 

まとめ:期待と受容の日々。毎日辛いけど、生きていく。

記事のポイントをまとめます。

  • 自分を支えてくれる存在に感謝をする
  • 挫折があったとしても、未来に期待して生きていく
  • 薬を毎日飲まなければならないというのは、想像を超える忍耐がいる
  • 障害年金に生かされる自分。惨めだが、感謝していつか貢献する
  • 罪の意識とともに誠実に生きていきたい

 

以上になります。

 

いかがでしたか?

 

こう言った赤裸々な記事は、反感を買うこともあると思いますが、

 

同じような状況で日々自分の心の奥にとどめている方の代わりに僕が声を上げようと思いました。

 

明日に期待をして、かと言って裏切られても自分を見失うことがありませんように。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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この記事を書いた人

tohma(とーま)と読みます。24歳。2014年10月統合失調症発症。進学校と呼ばれる普通科高校中退、通信制高校卒業、Fランク大学中退の経験あり。現代を生きる精神障害者という立場から、色々書いています。当ブログを運営して1年半。TwitterとYouTubeもやっています。気まぐれ更新。

コメント

コメント一覧 (6件)

  • 人生何度でもやり直せるとのことですが、ブログを見る限り、節目ごとに踏ん張りきれずに社会的に落伍しているように見え、あまり説得力がありませんね。

    人生やり直しの目標として、ブログ内で、東大の法学部に合格して弁護士になると語っていましたが、いつ東大に入学するのですか?

      • あなたの人生には構うなということですか。だったら、過去の記事も含め、自分の人生を語る記事なんて投稿しなければよいではないですか。

        記事を投稿すれば、反響があることは想定出来るでしょう。

        • ひでさん

          正直、最初のコメントは耳が痛かったです。
          確かに人生に踏ん張りがなく、落伍してるように見えるのかもしれませんね。
          僕自身、今東大に向けて資格試験を勉強していますが、なかなか集中できていません。

          僕の人生に興味を持っていただけるのは、正直ありがたいです。
          ひでさんは言葉選びに優しさがあるので、少し自分を変える機会として頑張ってみようと思います。
          コメントありがとうございました。

          • コメントで、感情的になっているところが多々見受けられ、失礼いたしました。

          • ひでさん

            僕も感情的になってしまったのでお互い様です。
            すみませんでした。
            また遊びに来てくださいね。
            今度はあたたかく見守っていただけると幸いです。
            それでは、失礼いたします。
            時には息抜き、して下さいね。

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