こんにちは!斗真です。
顔ニモマケズがどういう本なのか、筆者の感想が知りたい方へ。
「水野敬也さんが執筆された『顔ニモマケズ』という本が気になる。
本書を購入する前に、どんな本なのかを予め知っておきたい。」
「筆者のこの本を読んでの感想が知りたい。」
「自分自身、顔にコンプレックスがあり、どんな顔に生まれてもそれを乗り越えられてきた人たちの人生から、色々学びたい。」
「顔だけじゃなく、精神面でもコンプレックスを抱える人にオススメできる本を知りたい。」
これらの声にこたえます。
✔︎本記事の内容
- 水野敬也著『顔ニモマケズ』を読んだ感想
- 顔だけではなく、精神面でもコンプレックスを抱える人にオススメできる本
筆者は、高校時代に醜形恐怖症を発病し(母から私のその時の状態から、あなたは醜形恐怖症だよ、と言われた)、ずっと顔にコンプレックスがあった。
特に、二重まぶたにコンプレックスがあった。
しかし、今では全く気にならなくなった。
僕の場合は端から見て明らかに変という見た目な訳ではないが、この本に出てくる当事者の方々は明らかに人とは違う。
当事者の方々がどうやって人生を乗り越えてきたのかが気になり、この本を購入。
それでは、本の内容に入っていきます。
水野敬也著『顔ニモマケズ』を読んだ感想

ポイントは3つあります。
- どんな逆境も乗り越える強さに感動
- 見た目を言い訳にしない誠実さに感嘆
- どんな見た目でも、その人次第で幸せになることができる
それぞれ、解説していきます。
どんな逆境も乗り越える強さに感動
この本を読んだ一個人として感じたのは強さだった。
普通の人だったら、諦めてしまう状況をこの本に登場する9人の方々は、乗り越えてこられた。
それも、友達からの助言、などではなく、とある関わりのある人、例えば、教師などの言葉から、その言葉を支えに道を切り開いてこられた。
街を歩くだけで、ジロジロ見られるそれはとても嫌に思うだろう。
しかし、この人たちは、その状況に物ともせず、日々、自分が生きたい生き方をしている。
とても感銘を受けた。僕は、自分の目が二重じゃなかった時、それだけで、顔を鏡で見ては、糸ようじで二重になるように線を引くなどしていた。
ある種の強迫症状だ。
ただ、二重でも一重だとしても僕の顔は普通の顔だろう。
ジロジロ見られるような、明らかに変、というわけではない。
ただ、僕は、実は未熟児で生まれたのだ。
そのため、保育器にいた時に顔をずっと横に向けたまま寝ていたため、顔の形が少し歪んでいる。
正面から見ればわかるだろう。
そういう僕も、「奇形」という要素を持っている。
僕は「奇形」という言葉が嫌いだが、普通の人とは違う性質を持っている、というだけだ。
「人と違う」を実感したのは統合失調症になってからもそうだ。
僕は普通じゃない。
彼ら彼女らも、普通ではない。
そんなどうにもできない、やるせない状況を乗り越える強さを、この本に登場する9人の方々から学んだ。
見た目を言い訳にしない誠実さに感嘆
この本に登場する9人の人たちは、見た目に関してそれを武器にも変えている。
つまり、見た目を言い訳にしていないのだ。
先ほど、彼女彼らを強い、と述べたが、この9人は最初から強かったわけではないだろう。
いろんな試練を自分の頭で考えて、行動して乗り越えてきた結果、言い訳をしない強さを身につけたのだろう。
普通だったら、
「こんな顔嫌だ!外へ出たくない!お母さん、なんで僕をこんな顔で産んだんだ!」
とキレることがあるだろう。
反抗することがあるだろう。
引きこもってしまうことがあるだろう。
実際に、登場人物の方で、そう言った言葉を親にぶつけたり、実際に引きこもってしまう方もおられた。
ただ、それまで彼らは僕たちが想像している以上に、顔のこと、自分の見た目のことで悩まされていたのだろう。
しかし、こうして本書へのインタビュアーという形で自分の症状を知ってほしいという形で、行動をなされている。
マイフェイス・マイスタイルという団体があるそうだ。
見た目問題に悩む当事者たちが活動している団体だ。
そうやって、自分の見た目だけにとらわれるのではなく、他の悩める他者、同じ境遇の人たちのために活動しているその心意気に感心させられる。
僕は統合失調症だが、特に他者のために公の場で活動をしている、というわけではない。
「俺はこの顔だからボランティアなんてできない」
「私はこんな顔だから誰からも必要とされてない」
こう言った言い訳をせずに、1人でも多くの人に見た目から生じる辛さ、困難を乗り越えてほしいと願う、見た目問題解決に向かっているその生きる姿勢に、私は感嘆せざるを得ない。
どんな見た目でも、その人次第で幸せになることができる
顔は、遺伝子で決まる。
つまり、生まれる前の両親、血縁関係にある親戚に顔の形によって決まる。
顔がいい方が、生物学的に優れている、と言われることもある。
しかし、どんなに容姿、見た目が悪い、不細工である、と言われている人たちでも幸せに生きていることもある。
逆に、どんなに絶世の美女、空前絶後のイケメン、と言われる人でも、苦しんで生きている場合もある。
見た目がいくら良くても、人生まで良いとは限らない。
物凄く貧乏に生まれてしまうかもしれない。
幼い時に、両親を亡くしてしまうかもしれない。
交通事故に遭い、顔や体に傷を負ったり、隠しきれないあざができたり、最悪の場合、一生完治することのない障害を負ってしまうことがあるかもしれない。
運命は誰にもわからない。
少しでも今の状況が変わるという危機は、潜んでいる。
ただ、一つ言えることは、見た目、障害云々に関わらず、幸せは逃げない、ということだ。
つまり、誰でも幸せになることができる。
あなたが、誰かに挨拶をしたとする。
その人が、笑顔で、挨拶を返してくれたら、それだけで嬉しいだろう。
幸せは、自分1人の事情で決まるものじゃない。
他者との関わりの中で決まるものだ。
つまり、幸せになることができるかどうかは、その人の心の持ちよう、解釈の仕方によって変わってくる。
善いことをするようにしよう。
その積み重ねで、表情は豊かになる。
善い顔になることができる。
善い顔の人は、人を幸せにする、人を元気にする。
他人と比較をするな。
ただ、自分とだけ向き合え。
しかし、辛くなったら人に頼れ。
自分の顔との付き合い方、見方を考えろ。
考えよう。
これからのこと、昔起こった出来事の意味、自分がどう生きたいのか。
信じよう。家族を、友達を、自分自身を。
ここからは、見た目に関する問題は乗り越えられた、しかし、今、色々と苦しんでいるという方に向けて、読んだら前向きになれる、オススメの良著を紹介したいと思います。
顔だけではなく、精神面でもコンプレックスを抱える人にオススメできる本

ポイントは3つです。
- やはり嫌われる勇気です
- どんな境遇で起こる問題も、他者の課題と思えたら楽
- 勇気を振り絞り、”今ここ“に生きる
それぞれ、解説していきます。
やはり嫌われる勇気です
やはり、累計200万部以上売れている、『嫌われる勇気』を一度は読んでみることを勧めたいです。
世の中は複雑で、
「なんで自分だけが不幸なんだろう。」
「なんで自分だけがこんな酷い目に合わなきゃいけないんだろう」
「なんで自分だけ…。」
と考えている人には、特にお勧めできます。
嫌われる勇気に出てくる、青年がまさにそのような人だからです。
全ては自分が生まれたという因果が悪い。
今の境遇は、親のせいだ。
親のしつけがいけなかったんだ。
優秀な兄と比べられたからだ。
と、自己否定に主人公(青年)は陥っています。
そこに、徐々に彼の世界に対する嫌な気持ち、世界を味方だと考えない気持ちをほぐしていくのが、この本の題名「嫌われる勇気」を提唱する哲学者です。
哲学者の考えに触れていると、徐々に心のわだかまりが解けていく、そんな気持ちになります。
「世界はシンプルで、今からでも幸せになれる」。
そんな、人によっては、「あり得ない!」と思う考え方を、すっとなじむように語ってくれるのが、この本の哲学者です。
この本を読み終えた時、きっと、真っ暗な部屋の中に、一片の光が差し込むような、世界に対する希望を感じることができると思います。
どんな境遇で起こる問題も、他者の課題と思えたら楽
悪いことが起こった時、その全てが自分の問題、というわけではありません。
相手の問題、という場合もあるのです。
人にはそれぞれ意思があり、自分の意思に従って行動しているため、どこかでぶつかり合うのは当然だからです。
この本で扱われるテーマの中に、「怒り」というものがあります。
とある喫茶店にて青年は黄昏ていました。
そんな時、喫茶店のウェイターが、この本の主人公である青年の下ろしたての一張羅に、コーヒーをこぼしてしまった、というお話が出てきます。
この時青年は、ウェイターに向かって、怒鳴ったそうです。
「何をしてくれるんだ!」と。
哲学者は興味深そうに、どこか彼の過ちを見破るようにその話を聞いています。
青年は、怒鳴りたくて怒鳴ったわけじゃない、反射的に言葉が出たんだ、怒ることを自分が選択したわけではなく、それは自然に湧き上がった不可抗力だったんだ、と言います。
哲学者は諭します。
「あなたは、怒りを利用して、そのウェイターを怒鳴ったのだ」と。
しかし、哲学者は、「怒り」などの感情は、それをいつでも好きなように使うことができる、相手を制するために使用することができる、と述べています。
この時青年は、コーヒーをこぼされた自分が惨めに感じたのでしょう。
大事なのは、全て自分に基づいて起こっていることではなく、他者が生み出した、「他人の課題」という考え方です。
「自分の課題」と、「他人の課題」と分けて考えることができない人は、自分がその喫茶店で過ごしていたから、自分に悪いことが起こったんだ、と考えがちです。
全て、「自分の課題」と考えてしまうのです。
しかし、「他人の課題」と考えることができると、コーヒーをこぼされたのは、そこにいた自分が悪いのではなく、ウェイターがただ単にこぼすというミスをした、「他人の課題」つまり、「ウェイターの接客の仕方に問題があった」と考えることが重要なのです。
どんな人でも、ミスはします。
そこで、ミスされた自分まで悪いと考えてしまったら、とても辛いですよね。
普通はそこまで考えることはない、と思うでしょう。
しかし、私たちは日常的に、特に精神的に疲れている時など、この考え方にとらわれる事があります。
「嫌われる勇気」は、そんな誤った解釈の仕方を、紐解いてくれます。
勇気を振り絞り、”今ここ“に生きる
この本で特に私たちに必要だと教えてくれるのが、「勇気」が必要ということです。
今ここ、を生きる勇気です。
この本の本質は、今のことだけを考えて生きれば人は幸せになれる、ということだと思います。
「今ここ、ダンスを踊る」という章が出てくるのですが、今この瞬間、ダンスを踊るように生きることができている人が、どれくらいいらっしゃるでしょうか。
今この瞬間、この記事を読んでくださっているあなたは、
今、ダンスを踊れるような心境ですか?
今、心が軽いですか?
今、心地よさを感じていますか?
哲学者は、今ここ、ダンスを踊るように生きる、ということが、大事だと述べています。
ダンスを踊っているときは、何も考えていないと思います。
特に、悩み、過去の苦しみ、自分の境遇、友達との人間関係、こうした思考からは解放されているでしょう。
そして、ダンスの一つ一つの動作、手の動き、指先の角度、足が生み出すキレのある動き、こういった、一瞬一瞬に力を込めて、集中しているはずです。
その大事さを述べているのです。
ダンスを踊るように生きる。
そんな、簡単そうで、誰にでもできそうで、楽そうなことが、実は本当に難しい。
こうした、今感じるこの瞬間の感情についても、問いかけてくれるのが、この本「嫌われる勇気」です。
青年は、この哲学者との対話の中で、自分の狭い考え方から、徐々に、広さのある奥行きのある考え方に変化していきます。
そして、「また会おう」と再会を約束します。
その後の、この「嫌われる勇気」の続編、「幸せになる勇気」で待ちに待った再会を果たすのですが、彼はこのときとは打って変わった表情で哲学者の前に現れるのですが、この話は後日しましょう。
まとめ:自分の見た目や境遇に関わらず、人は幸せになれる。過去に縛られず、今を生きよう。

記事のポイントをまとめます。
- 見た目という「基準」に縛られない強さを学んだ
- 人と違うことを言い訳にしない
- どんな見た目でも、人は考え方次第で幸せになることができる
- 今を大事に生きよう
- 人に価値観をぶつけるのも大事
以上になります。
いかがだったでしょうか?
『顔ニモマケズ』
『嫌われる勇気』
どちらも良著です。
ぜひ読んでみてください。
今、何らかの足かせに囚われている人は、ぜひ読んで、足かせから解き放たれる行動を起こしてみてください。
勇気を出してみてください。
最後まで読んでくださって有り難う御座いました。